『はかた寿賀や』誕生秘話

はかた寿賀やのオーナー菅博史は、中州にてバーを4店舗経営する元バーテンダーです。

そのお酒の知識をこらし本当にお酒に合うおつまみや、本当に美味しいカクテルを作るのに適したジンジャエールを開発しました。

最初はバーの常連にのみに提供していたこだわりの商品が好評になりバー限定でのお土産として販売していたものがさらに好評となり、このこだわりの詰まった商品を全国へお届けしたいという思いからスタートしたのが『はかた寿賀や』です

明太子への愛は、祖父がつくってくれた。

菅博史の祖父母は、戦後間もない昭和20年ごろ、福岡市博多区奥の堂(現・御供所町)にて、寿賀旅館を営んでいました。

昭和40年代、幼少の菅は明太子をとても愛し毎日食べていたため、祖父が日々趣向をこらし様々なメニューを食卓に出してくれていました。

生はもちろん、炙り、たたき、焼き、燻製、その中でも「からすみ(日干し)」は、お客様にも大変評判の明太子でした。

かつては著名人が多数宿泊しにぎわっていた寿賀旅館は、時代の流れと共に幕を閉じますが、やがて菅は中州にてバーを展開する中で、昔、祖父が作ってくれた味を思い出し、酒のおつまみとして明太子を燻製にしたり、炙ったりと、やはり工夫をしながらお客様に提供をするようになりました。

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